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スケルトンとは競技人口は?なぜ北京五輪の種目になったか

冬の北京オリンピック開催が迫ってきました。ソリ競技というと、平昌大会でジャマイカチームの下町ボブスレーが有名ですが、スケルトンも実施されます。

スケルトンとはどんな競技で、競技人口はどれくらいいるのでしょう?なぜ北京五輪の種目になったか見てゆきます。

骸骨ってなんやの?

スケルトンとは競技人口は?

スケルトンとはどのようなソリ競技で、競技人口はどれくらいいるのでしょう?

使われる金属そりの形状が滑走部と車体のみの単純な構造であることから「骨組み」を意味する「スケルトン」という名称がつけられたと言われています。
頭を進行方向に向けうつ伏せの状態でひとりでそりに乗り、約15個前後のカーブのある約1,300m前後のトラックを約1分前後で滑りおります。最高速度は125km/h程度にまで達し、選手には約4倍の重力がかかります。

日本の競技人口は、2014年で、日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟に選手登録しているのは60人とありました。

現時点で、国際ボブスレー・スケルトン連盟(IBSF)のアスリートリストからスケルトン競技の選手を抽出すると、世界で1214名、うち日本選手は71名でした。
決して多くはないことが分かります。

特に日本では、長野オリンピックで、約100億円かけた国内唯一のそり競技施設「長野市ボブスレー・リュージュパーク(愛称=スパイラル)」が、そり競技人口が全国で約100人程度と利用が低迷し、2017年度末(2018年2月5日)限りで製氷を断念し、休止に追い込まれました。
選手は、公式競技や練習を海外で行わざるを得なくなっています。

なぜ?いつから五輪の種目?

五輪の種目としてのスケルトンの歴史は古く、1928年の第2回冬季オリンピック(サンモリッツ大会)で、正式種目として、男子競技が行われ、1948年の第5回冬季オリンピック(サンモリッツ大会)でも、2回目の男子競技が開催されました。

冬季オリンピック男子女子
1928年 第2回 サンモリッツ大会1回
1948年 第5回 サンモリッツ大会2回
2002年 第19回 ソルトレークシティー大会 3回1回
2006年 第20回 トリノ大会 4回2回
2010年 第21回 バンクーバー大会5回3回
2014年 第22回 ソチ大会6回4回
2018年 第23回 平昌大会7回5回
2022年 第24回 北京大会8回6回
しかし、ヘルメットなど保護具なしで、滑走したことから、多くの事故が報告されると、危険性が高いと指摘され、54年ぶりに2002年に、第19回(ソルトレークシティー大会)で、防具の着用が義務付けられて、男女が参加して再開されるまで、未開催が続きました。
これ以降は前回の第23回平昌大会にいたるまで、継続して開催されています。
1998年の長野冬季オリンピックでは、ボブスレー、リュージュは行われましたが、スケルトンは採用されなかったようです。

第2回冬季オリンピックで、スケルトンが正式種目に採用されたのは、スイスのサンモリッツという開催地の要素が大きいと思えます。
19世紀後期 アルペン地方で輸送用としていたそりがルーツといわれています。1882年中央ヨーロッパにまだスキーが知られていなかった頃、イギリス人がスイスのダボスからクロスターまでつづくソリの道を作りました。
最初はまっすぐでなだらかなコースだったものが次第にスリルを求めてカーブを作っていったそうです。
1885年 サンモリッツトボガンそりクラブがつくられ、サンモリッツからチェレリーナ村近くまでのコースを滑って競争していたということで、サンモリッツトはスケルトンと非常に関係が深く、これが、1948年の第5回冬季オリンピック(サンモリッツ大会)でも2回目の採用につながったと推測されます。

北京オリンピックでは、2022年2月10日から12日まで男女25名ずつ出場して延慶区の小海坨有舵雪橇和无舵雪橇滑道にて行われます。

ボブスレーやリュージュより安全なんやて

スケルトンのSNS一覧

まとめ

わかりやすくまとめると

    • スケルトンとは一人で頭を下にして、1300mを滑走するソリ競技で、競技人口は、世界で、1200人、日本で71人程度
    • 保護具などにより、安全性が確保されたことから、長野の次のソルトレークシティー大会から連続して正式種目として実施されている
    • 日本では、唯一の公式競技場が2017年に休止に追い込まれるなど、練習環境は不利となっている
うちもがんばれば代表になれるかもしれへん

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